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ボローニャ・プロセス20周年記念式典からの報告

更新日: 2019/08/26


イタリアの古い都市ボローニャで開かれたボローニャ・プロセス20周年記念式典は、1999年に発足したボローニャ・プロセスのこれまでの進展を検討し、そこから討議すべき事項を見定め、さらに欧州高等教育圏EHEA の発展につながることを目指して開催されました。今回の議論の成果は、2020年6月に開催されるEHEA閣僚会議に情報として提言される予定です。記念式典は2019年6月24日と25日の2日間にわたって開催され、約200名の学長がアカデミック・ガウンに身を包み、世界中から教育者、研究者、学生などを迎えて、由緒ある宮殿のパラッツォ・レ・エンゾに集いました。初日の24日は午後4時から6時半まで祝典のセレモニーが挙行されました。2日目の25日は午前9時から12時半まで参加者が5つあるテーマの中から1つを選んで分科会に参加し、昼食後の14時半から18時まで全体会とそのあとに閉会式が行われました。 

6月24日

開会の挨拶にはボローニャ大学のフランチェスコ・ウベルティーニ学長が登壇されました。ウベルティーニ学長は “欧州高等教育圏は統一の象徴であることを示した (EHEA has proven to be a unifying figure)” と語り、ヨーロッパの調和へのEHEAの貢献を強調しました。“University (大学)” の語源であるラテン語の “Universitas” の持つ “一つになる(turning into one)” という意味について言及し、大学を軸とした、大学・学生・社会の調和を推奨しました。そして “2020年を越えて (Beyond 2020)” については、学生主導となる学びと大学運営を提唱しました。

総勢7名の招待スピーカーの先陣を切って登壇したのはユネスコのステファニア・ジャンニニ副事務局長 (教育局担当) でした。現在およそ2億2千万人が高等教育機関で学んでいることを挙げ、我々は高等教育に対する野望 (ambitions) と責任 (responsibilities) について繰り返し思い起こさなければならないと語りました。今までは教育の卓越性 (Excellence) に着目してきましたが、これからは公平性 (Equity) にも焦点を当て、“卓越性” と “公平性” のバランスを取ることがカギになってくると主張しました。

続いて欧州委員会でディレクターを務めるソフィア・エリクソン・ウォーターシュート氏が登壇し、EU域内の学生や教職員の自由な行き来を目的としたエラスムス計画とボローニャ・プロセスとの密接な関わりが、ヨーロッパの高等教育を比較可能で透明性のあるシステムへの地固めをいかに担ったかについて話しました。

欧州大学協会 (EUA) のマイケル・マーフィー会長は、ボローニャ・プロセスが協力することの大切さを証明したと語り、これからはヨーロッパの大学を繋げる包括的なネットワーク・システムの構築が必要になると話しました。

欧州評議会教育局のスジャ・ベーガン局長は現在のヨーロッパの高等教育はボローニャ宣言無しでは全く違うものになっていただろうと話し、ヨーロッパの高等教育におけるボローニャ・プロセスの重要性を強調しました。

EHEAの支援機関の一つであるボローニャ・フォローアップ・グループ (BFUG) のクリスティーナ・ギトゥリカ共同代表は、EHEAの抱える調査機関の調査結果がボローニャ・プロセスの成果を分析する上で欠かせないことを紹介しました。 

6人目の招待スピーカーとして欧州学生連盟のアダム・ガジェック代表が登壇し、学生の視点から見たボローニャ・プロセスと “2020年を越えて (Beyond 2020)” に向けた次の6つの案を提言しました: 

  1. 恵まれない人たちの高等教育へのアクセス向上 
  2. 競争力に基づいた学習と指導の実施
  3. 全ての学生が外国語を学ぶ機会の提供
  4. 生涯学習により多くのお金と時間を当てる
  5. ヨーロッパ全土に渡って学習へのアクセスを平等にする
  6. 環境の持続可能性への取り組み

結びの言葉はイタリア教育相のマルコ・ブセッティ氏でした。ボローニャ・プロセスは1999年以降のヨーロッパの象徴であると語り、知識と文化の調和なしに本当の意味でのヨーロッパの調和・統一は有り得ないと強調しました。特に印象的だった言葉は “地平~多様性の中の調和はモットーに留まるだけでなく、現実になるべきである (United in diversity should not just be a motto, but also a reality) ~” でした。 
閉会式ではでファビオ・ロベルシ・モナコ・ボローニャ大学前学長から欧州学生連盟のロバート・ナピエー次期代表にボローニャ宣言のコピーが手渡されました。この受け渡し式は、これからのEHEAにおいてもボローニャ大学 (1088 年に学生によって創設) の伝統である学生主導となることを象徴しています。 

6月25日

2日目の午前中の分科会「未来の労働市場のためのキャリアとスキル」では基調講演とパネル討議が行われました。まず初めにカルマー大学前学長が登壇し、「ボローニャ・プロセスと労働市場の需要」というテーマで基調講演を行いました。 高等教育機関と労働市場の関係性について、高等教育機関は労働市場に影響を与えると同時に、変動する労働市場に順応する必要があると語り、そのための高等教育機関での “研究を基盤とする教育” の重要性を指摘しました。“スキルのギャップ” を、現在の高等教育機関と労働市場の関係性における問題であることを指摘し、現存するスキルと将来必要とされるスキルのミスマッチ、それから高等教育機関が供給する人材のスキルと労働市場が求める人材のスキルのミスマッチについて言及しました。また、グローバル化が進む世の中でどの様な職能が必要とされるかについて、言語スキル、横断的スキル、そして国際間・文化間的スキルなどを挙げました。特に横断的スキル (コミュニケーションスキル、分析スキル、批判的反省スキル、意思決定スキル、新しい方向に考えるスキルなど) と国際間・文化間スキル (思考の柔軟性、異文化理解、新しい環境への順応力など) の重要性が強調されました。

続いて国立研究大学高等経済学院のパヴェル・ソロキン准教授が「どうしたら教育は社会経済的発展に貢献できるか?〜未来の労働市場のための人的資本の再考〜」というテーマで基調講演を行いました。多くの統計データを用いて経済的観点から観た高等教育の現状について説明し、現在の高等教育が抱える問題の一つとして “過剰教育 (Over-education)” を挙げ、人的資本の資格過剰と人的資本の潜在能力の資本化不足を指摘しました。また、人的資本論を再考する必要性があることについても触れ、これから先はより総合的な人的資本 (非認知スキル、人格特性、普遍的コンピテンシー、起業家精神など) が従来の特定の人的資本 (特定の認知スキルや専門スキル) よりも重要になってくると話しました。

その後のパネル討議ではEURASHEのウルフ・ダニエル・エラース副代表、ボローニャ大学のシルビア・ベルナルディーニ教授、欧州学生連盟のマッテオ・ヴェスパ代表、BFUGのキアラ・フィノチエッティ氏、コインブラグループのヤン・ロイカネン氏が登壇し、いかに現在の大学が労働市場の急激な変化に伴うスキルの需要の変化に対応できていないかについて議論しました。ブロックチェーンを利用した資格認定の管理システムの導入や、労働市場とアカデミアの密接な協働関係の構築など様々な議論が展開されました。

午後の総会ではブルッキングス研究所ユニバーサル・エデュケーション・センターのメイサ・ジャルバウト研究員による講演と午前中の分科会の報告が行われました。ジャルバウト氏は自身の難民としての経験談なども用いながら高等教育機関の弱者のための教育について話しました。教育は不平等の解決策にもなるがその要因にもなりうる。そのため、大学は少数精鋭のエリートを育成するという目的から、全員を育成するという目的にシフトしなければならないと強調し、大学をより包括的にするための策を2つ提示しました。1つは高等教育を階級や財務能力などを問わず、全員に開放すること。2つ目は高等教育機関により壮大な目的を与え、生徒が若い段階から積極的に初等教育機関や中等教育機関との連携を促すことが挙げられました。 

終わりの言葉として欧州大学憲章の代表で1999年のボローニャ宣言にも携わったシボルト・ノールダ氏が登壇し、高等教育を駆り立てる価値観は包括的、社会的責任、そして説明責任 (accountability) であると締めくくりました。 

報告者:木嶋雛子 (NPO 学習開発研究所委嘱)
2019年7月