働くことを学ぶ - 修業学習と職業陶冶

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6.2 非大学型高等教育が目指すもの

更新日: 2022/09/21

 中等教育Ⅱ段階で目指す職業として、スイスの修業生(Apprentis)の生活を紹介しました。また非大学型高等教育を目指すBachelorコースとMasterコースを提供しているEcole Hotelière de Lausanne の学生生活も紹介しました。恵まれた学習環境を提供している場合には、授業料よりも飲食費、設備実習費、住居費が大きな割合を占めています。その根底にあるのはヨーロッパでは、経済的、社会的、文化的格差は単に高等教育への進学が家庭の経済的格差によって生じるという単純な問題ではなく、たとえばブリデューとマロンがすでに著書「遺産相続者たち-学生と文化」(1964年著、1997年訳)xxiにおいて家庭の文化的背景が大きく影響していることを指摘していました。

 1972年第17回ユネスコ総会の教育部会で提出された報告書のタイトルは、Learning to be‐The world of education today and tomorrow(未来の学習)xxiiです。ユネスコ事務総長ルネ・マウ(René Maheu)が任命した7名からなる教育開発国際委員会(International Commission on the Development of Education)により作成されたものであり、委員長のエドガー・フォール(Edgar Faure)の名前をとって、「フォール報告書」とも呼ばれていましたが、この時期に教育という考え方とは別に生涯学習という考え方が生まれていました。しかしわが国はその当時、高度経済成長期にあって高齢者社会に突入しつつあり、生涯学習は高齢者の生き甲斐論とも重なって高齢者重視となり、教育から労働に移行する若者の生涯学習についての改革は進展しませんでした。この時期、1974年にILOの有給教育休暇に関する条約(第140号)xxiiiが可決されましたが、わが国はいまだ未批准ですし、現在は厚生労働省が教育訓練給付金の支給によって対応しています。さらに1997年に出版されたユネスコ「21世紀教育国際委員会」編の報告書「学習:秘められた宝」xxivは学習社会に対応する考え方として重要です。

 この報告書で21世紀の教育として学習の4本柱が提案されていますが、それはつぎのような内容です。これをスイスの高等教育に当てはめたものとして文末に対応するフランス語を付記しておきます。

  1. 知ることを学ぶ(Learning to know)
    十分に幅の広い一般教養をもちながら、特定の課題については、深く学習する機会を得ながら「知ることを学ぶ」(仏語 Apprentissage)。
  2. 為すことを学ぶ(Learning to do)
    多様な状況に対処し、他者と共に働く能力を涵養するために(仏語 Savoir faire)。
  3. 共に生きることを学ぶ(Learning to live together, Learning to live with others)
    一つの目的のために、共に働き、人間関係の反目をいかに解決するかを学びながら、多様性の価値と相互理解と平和の精神に基づいて、他者を理解し、相互依存を評価すること(仏語 Savoir vivre)。
  4. 人間として生きることを学ぶ(Learning to be)
    個人の人格をいっそう発達させ、自律心、判断力、責任感をもってことに当たることができるよう、「人間としていかに生きるかを学ぶ」(仏語 Savoir être)。

 このような社会的文化的格差を意識したうえで、ヨーロッパで教育の重視から学習を重視する政策へと転換したのが、中等教育は1970年代以降であったと考えてよいでしょう。そして高等教育段階についての具体的な議論が始まったのは1990年代であり、実践が始まったのは21世紀に入ってからです。

 ヨーロッパ全域で学生や教員の交流を活発化させたERASMUS計画(The European Community Action Scheme for the Mobility of University Students)は1987年の創設です。ボローニァ大学の900周年記念式典に出席したヨーロッパの大学の学長らが21世紀の高等教育を論じたのが1988年であり、これが結実してボローニァ宣言が発せられたのが1999年です。スイスもまたその創設期からボローニァ・プロセスのメンバーです。このようにして21世紀を迎える前後に高等教育の在り方の議論が活発化しました。2010年の設立を目指してスタートした欧州高等教育圏EHEA (Euoropean Higher Education Area)xxvでは欧州単位互換制度ECTS (European Credit Transfer System)によって各国の学位制度の相互認証のための方法と基準が模索されました。

 現在、ヨーロッパでの資格としてBachelorとMasterという称号が用いられていますが、うせこれを日本の学士号や修士号と訳すことは適当ではありません。従来、このレベルの学位はそれぞれの国で異なっていましたが、ボローニァ・プロセスが目指したのは、ヨーロッパの労働市場で取得資格の可読性とこようかのすなわち進展する過程で、それぞれの国の資格について審査基準についての可読性(readability)すなわちその資格のレベルの到達度の共通性と雇用可能性(employability)の視点から調整が行われ、ボローニァ・プロセス加盟国で共通の称号としてBachelorとMasterという英語表記が用いられています。たとえば、gymglishxxviと呼ばれる語学習得プログラムでは、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語の5か国語についてA1, A2, B1, B2, C1, C2と共通のレベルが表せます。


xxi ブルデュー, マロン(1964)『遺産相続者たち―学生と文化』 石井洋二郎監訳(1997), 藤原書店

xxii UNESCO 『未来の学習』(Learning to be‐The world of education today and tomorrow 1975) 編集:教育開発国際委員会, 翻訳:国立教育研究所内フォール報告書検討員会

xxiii ILOの有給教育休暇に関する条約(第140号)1974年に発効、わが国は未批准

xxiv UNESCO 学習:秘められた宝(Learning : Thereasure within) 21世紀教育国際委員会編, 天城勲監訳 1997

xxv EHEA: European Higher Education Area and Bologna Process
http://www.ehea.info/ (参照日 2022.02.04) 

xxvi gymglish Online language courses | Gymglish
https://www.gymglish.com/en(参照日 2020.02.10)