働くことを学ぶ - 修業学習と職業陶冶

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1.1 はじめに

更新日: 2022/09/21

 1966年12月に国連で「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」が決議されましたが、その第13条第2項cでつぎのように規定されています。

(c)高等教育は、すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、能力に応じ、すべての者に対して均等に機会が与えられるものとすること。

わが国は1979年に批准するときに高等教育の無償化は奨学金等で対処するのでこの条項には「拘束されない権利を留保する」という条件付きでした。その時のわが国の回答では高等教育(大学)としています。これはわが国では高等教育すなわち大学として解釈されたのか、あるいは高等教育のうちの大学のみを対象としたのかは不明です。わが国が上記の留保条件を撤回する旨を国連に通告(iv)したのは2012年のことです。

 ヨーロッパ大陸の大学は、市民を啓蒙すること、すなわち正しい知識を与え、合理的な考え方を教え導くことを重視していて、職業教育とは無縁でした。授業料は原則として無償あるいは低額だったのですが、高等教育の普及にともなって職業資格を何も取得せずに大学を卒業することが問題となりました。フランス公共放送France 2 (2022/01/18付け)によると、高等教育の授業料はドイツの€75(¥10,275)(v)、フランスの€260(¥35,620)、スペインの€1,081(¥148,097)、イタリアの€1,345(¥184,265)ですが、これらは国内の学生に対してであり、国外からの留学生には多額の授業料を課しているなど様々です。さらに大学によっても額は異なるので、具体的に調べる必要があります。政府機関、公共組織や産業界の上級幹部を目指すためには幹部候補生を養成する大学以外の各直轄の高等教育機関が有名であり(例えばフランスのグランゼコール(vi)など)、公務員の場合は予備生であるので低額ではありますが有給です。わが国にはこれに類するものとして防衛大学校や気象大学校があります。

 ところでOECDの国際標準教育分類(ISCED)(vii)によりますと高等教育には大学型高等教育(ISCED 5A)と非大学型高等教育(ISCED 5B)とがあります。職業資格の取得について世界的に無償あるいは低額の高等教育問題に取り組み始めたのは1990年代になってからであり、とくに具体的な案が検討されるようになったのは1999年のボローニャ宣言を契機として21世紀に入ってからです。なかでもヨーロッパでは高等教育の経済的社会的文化的格差を意識して取り組まれてきたのは非大学型高等教育(ISCED 5B)の分野です。この種の問題に対処するためのわが国の現状は、既存の学校あるいは大学制度での奨学金による施策がとられています。

 このような状況での高等教育の振興は、啓蒙と専門の知的教育を重視する従来の大学型高等教育だけでなく、労働者階層の文化を反映した技術や経験を重視する職業陶冶(viii)の分野の地位向上を目指す非大学型高等教育の振興が重要な課題です。この動向が強く反映されたのが今世紀に入ってから整備が進んだスイスの高等教育ですのでその教育制度を紹介します。わが国で2022年4月から成人年齢が18歳となったことで高校卒業時には全員が成人となるのですが、その状況での経済的自立を実現できる学習社会を構築するための職業教育は課題として重要です。


iv 外務省:経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(社か会権規約)第13条2(b)及び(c)の規定に係る留保の撤回(国連への通告)について 
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/tuukoku_120911.html(参照日 2022.02.01) 

v ユーロと円の換算レート €1=\137(2022.08.19) 

vi フランスのグランゼコールについては日本語版Wikipediaに詳しい

vii OECD 世界の教育改革 4『OECD教育政策分析』「非大学型」高等教育、教育とICT、学校教育と生涯学習、租税政策と生涯学習 御園生純、稲川英嗣(監訳)、高橋聡他5名訳、明石書店 2005=2011

viii 職業陶冶:スイスでは職業教育をformationとapprentissageの両方で表現しており、全体を表わすときにはformationを使用し、研修にはformationとapprentissageの双方を用いている。apprentissageはapprendre(物事や手仕事などを理解する)から派生した言葉であり、従来の徒弟制度もapprentissageであったが初等教育段階でもこの用語をlearningの意味で使うことがある。一方、formationは動詞のformerとse formerの両方の意味があり、formerは「形成する、研修する」の意味で、se formerは「自己を形成する,修養を積む、教養(技術)を身につける」という意味がある。仏和辞典ではformationに陶冶(とうや)という訳語が見当たらないが、和仏辞典で陶冶を調べると「formation, culture, 人格を陶冶する cultiver son caractère」となっている。したがって本稿の用語としてはformationに陶冶という訳語を充てている。