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7. Z世代は若者貧困国から脱却する

更新日: 2023/09/18

7. Z世代は若者貧困国から脱却する

 

7.1. 創作・発信力に優れたZ世代

 Z世代についてその生まれた年が何年から何年までかということで、いろいろな説がありますが、それらを参照しながら作成したのが表7-1です。羽生結弦選手と大谷翔平選手は共に1994年生まれで、共通していることは自分の目標を明確に持ち、その目標を日本だけでなく世界を超える目標へと変化させながら挑戦し続けています。将棋の藤井聡太棋手もZ世代に属します。スポーツや音楽の分野で世界的に活躍している若者は数多くいます。しかし教育分野についてみると、残念ながらまだテレビでは見出せません。21世紀に入ってヨーロッパではBologna processなどで若者が活躍していますが、わが国の教育分野では国内で若者の活躍がまだ見えていません。これは若者の責任というよりも、そのような活躍のビジョンを提供してこなかった教育関係者の責任によるものといえるかも知れません。あるいは私の情報アンテナが機能してないのかも。

表7-1 世代と対応する年齢
世代の名称    対応する年齢
X世代(Generation X)
1965 – 80 年頃の生まれ
2023年 43-58歳
2030年 50-65歳
Y世代(Generation Y)
1980 – 95 年頃の生まれ
2023年 28-43歳
2030年 35-50歳
Z世代(Generation Z)
1995 年-2010年頃の生まれ
2023年 13-28歳
2030年 20-35歳
α世代
2010〜2024年頃の生まれ
2023年 13歳未満
2030年 20歳未満
世代区分についてはいろいろな説がありますが、上記の区分で±5年とすればだいたい落ち着くようです。

 現在の高校や大学はこのZ世代を迎えています。その状況を示しているのが表7-2です。ここで職業専門陶冶の準備期、修業期、継続期としていますが、これは表7-3で提案しているように、準備期を17歳以下しています。18歳になれば成人ですので経済的に自立できるように職場であっても修業学習ができる18-24歳を修業期としています。25歳になれば修業期を修了して一人前の職業人として自立できると想定しています。暫定的に継続期での学習に要する費用は全額負担としました。修業期はその半額、準備期は無料という費用負担で計算することを想定しています。わが国でも学習材を蓄積し、学習環境が十分に整備できるまでは、修業期を無償にするということは無理があるので半額負担としています。このような方針で開発を進めれば将来的に学習社会となり、準備期と修業期は無料とすることは可能です。このような高等教育の無償化が世界の教育研究のビジョンです。

表7-2 職業専門陶冶と世代の進行
職業専門陶冶 年齢 年度(隔年ごと)
2022 2024 2026 2028 2030
継続期 25歳
以上
Z世代 Z世代 Z世代 Z世代 Z世代
修業期
(18歳から
24歳まで)
24歳
23歳
22歳
21歳
20歳
19歳 α世代
18歳
準備期 17歳
以下
α世代
表7-3 学習材の費用負担例
  年齢 学習材の費用負担
陶冶 25歳以上 定価通り
18歳~24歳 定価の半額以下
17歳以下 無料
国際的流通性をもたせるために標準的な年齢による区分 価格設定は、25歳以上の参加者を増やすことによって17歳以下、18~24歳の費用をカバーする構造とする。雇用主、各種組合、支援団体、庶民からの支援で補助する。

 現在の教育研究の動向は自律学習による高等教育の無償化ですので、わが国の職業能力を陶冶することもこのような動向を前提とし、それに準ずるような費用負担にしました。なお、このような制度ではイギリスのself-learning、ドイツのbildung、スイスのformationの概念などを参照しているものです。わが国の現状の大学教育とは一線を画した職業専門陶冶(VPET)の概念による職業人の修業の考え方であり、このことは第4章で紹介しました。

 Z世代のスポーツ選手は、監督やコーチのもつイメージを越えて、自らイメージする目標に向かって努力し挑戦しています。ところが現在の教育制度では、教師が教育目標を作成して、その目標を達成するために教師が教育に励むという枠組みになっています。とくに高校や高等教育レベルではこの傾向は一層強く、行政が企画する職業訓練も同じ枠組みです。したがって現在の職業能力の急激な変化には対応することができなくなってくると予想できますので、まったく新しい視点から職業専門陶冶を構想する必要があります。学習者が努力して学習成果(learning outcomes)を習得している過程を適切に評価し、その評価情報を適切に提供することによって、「やる気(motivation)」を喚起することがこれからの教師が担うべき職務であって、上手に教えることは専門性ではありません。それは20世紀までの専門性です。21世紀の指導の実例はスイスのローザンヌホテル専門学校にみることができます。

 1969年に創設されたイギリスのオープン大学は、入学に最低限あるいは無制限で登録できるという点では画期的でしたが、公式のホームページから調べると4年間の学費が£19,008(約¥311万円、2023.4.5)、その他に研究費や検査料などで£256(約¥4万2千円)が必要となっていますので、現在研究が進んでいる無償の高等教育の実現には程遠いものです。そこでこれまでに蓄積されてきた放送あるいは遠隔教育用に開発された教材を断片的にして無償のOpenLearnとして公開していますが、その内容を見る限り庶民の仕事からくる学習ニーズに応えるものではないので、庶民のニーズに応える学習材になるにはもう少し時間が必要でしょう。

 なお、モバイル学習(M-Learning)の研究はOxford大学でスエーデン、イタリアの大学と協力して開始しましたが、そのスタートのときの研究のキャンペーンとして「失業者、ホームレス、不本意な就職をしている若者」のためにモバイルを活用して学習することを目指すとしていました。現在のm-learningの学習者は、より広範な範囲を対象としています。このプロジェクトでは学習材が数多く開発されて無料で提供されていましたが、ダウンロードするために居住地を入力しなければならなくなり、日本からはアクセスすることができなくなりました。イギリスは教育を輸出産業と位置付けていますが、わが国でも教育の無償化を主張するときには、どのような人々を対象としているのかを明確にすべきでしょう。

 

7.2. 高等学校・大学の担い手はZ世代

 学習材の開発や普及には費用がかかります。それを誰がどの程度の負担をするのかを明確にしておく必要があります。現在の大学による高等教育では、国と学生本人とその家庭や親族が負担していますが、受益者は誰なのかを明確にする必要あるでしょう。学生本人なのか、国家なのか、採用する企業なのか、地方自治体なのかが不明確ですし、未来への投資という意味合いが少し薄いように感じます。経済負担が学生に重くのしかかっているのがわが国の実態であり、高等教育レベルでは教育する側が評価権を持っているので権威主義的な態度をとりがちですが、それを改めなければ学習者主体の改革はできないでしょう。

 30歳代からヨーロッパ、北米、東南アジアの教育現場や行政組織を見聞してきたものとして、わが国ではまだ無職で財政負担のできない学生に高額の負担を強いている実情を心苦しく思います。この問題についてはZ世代の若い人がもっと発言すべきですし、解決策を提案すべきです。21世紀に入ってからのBologna Processやヨーロッパ高等教育圏の活動の過程で、若い人が多く参加していることを実感してきましたが、「教え育てられる」ではなく、「自ら学ぶ」制度では若い世代が主体性を発揮することが前提になります。ヨーロッパの状況についてはヨーロッパ委員会EC(European Commission)からアクセスすることをお薦めします。全体像を把握できますし、’european student union’で検索すれば1968年のパリの5月革命以降の学生の大学への関わりも知ることができます。

 

7.3. 地域産業の担い手はZ世代の文化

 農業、漁業、林業などの仕事の様子を国内でYouTubeで発信している状況をみますと、従来の職業教育とは異なる新しい学びと発想があることに気づきます。また、NHK番組の『いいいじゅう』で放映されている実態は、これからの地域産業の発展に大きく寄与するものだと確信します。パリがフランスを代表するものではないし、ロンドンがイギリスを代表するものでもないと同様に、東京が日本を代表するものでもありません。それらはいずれも国際都市であって同じような特性をもっています。現在、東京の再開発が進んでいますが、それが日本の発展を象徴するものではないのです。

 フランスのテレビ局France 3での番組「Thalassa」は海にかかわるドキュメンタリーで大変興深いものです。東京の元築地魚市場の状況や下関のフグ、長崎県の海女の生活などのドキュメンタリーも含まれていますが、ブルターニュ地方の海藻を利用して美容サロンを開設して成功している様子や、離島での一家族の奮闘ぶりもフランス人らしい気質が表われていて興味深いです。地域の過疎化は世界的にみられる現象で、決して日本固有の問題ではなりませんので、東京や大阪に行って官僚に解決を迫るよりも、海外の同業者と交流することのほうが、はるかに実りが大きいと思います。インターネットの時代、YouTubeのネットワークの時代ですから、世代間の連携の方が有意義なのではないでしょうか。

 私のもっとも貴重な経験は、UNESCOのミッションとして東南アジアでイギリスの専門家とインドの専門家と3人でチームを組んでイギリスの元植民地であったスリランカとマレーシャで研修を行ったものです。専門家の3人は寝食を共にしていましたが、植民地であったインドの専門家と宗主国のイギリスの専門家は、植民地の影が色濃く残る現地でよく議論をしていました。日本人の私の立場はきわめて微妙でした。インパール作戦で戦ったのはイギリスを中心するイギリス領インド帝国でしたし、その後インドは宗主国イギリスの植民地から独立した国です。この議論でイギリスの植民地統治の手段として植民地の優秀な人達をイギリス本国に送り、イギリスのエリート教育を実施していたことです。マレーシャはマレー語が現地語ですし、スリランカはシンハリ語とタミール語が現地語です。しかし派遣された人々は自国でイギリス人と英語によるコミュニケートできるエリートでしたので、現地の人からは一目おかれて尊敬されていたのです。イギリスの統治方法を植民地の教育制度の視点から見ることができました。

 インドの専門家は日本の明治維新に大変興味をもっていて、当時の志士を尊敬していましたので私には大変親切でした。こうした環境でそれぞれの国で5週間を過ごしたのですが、この経験がその後の私の仕事に大きな影響を残しました。英語とフランス語はなんとか使えましたので、外国語を修得することの大切さを実感しました。これからは国内で問題解決できないときは海外の知人に相談することも有意義です。地方の過疎化や環境汚染はどの国も経験していることですから。

 

7.4. 若者貧困の国からの脱却

 Bologna Process での若者の役割については今後の研究課題です。繰り返しになりますが、各国の政策ではBologna Process に合わせるというよりも、各国の実態に合わせてその単位制度がBologna Processの基準にどのように対応できるかを解釈するという立場が基本で、可読性(readability)と雇用可能性(employability)と転移可能性(transferability)が重視されています。職業能力の基準についてもWorldSkillsに相談すればいろいろな情報が送られてくると思います。

 日本の場合は江戸時代に進歩した職人技術の伝承方法がありますから、それをYouTubeとインターネットの時代にふさわしいものに見直すことがヒントになるでしょう。日本の技術伝承の方法として「見て学ぶ」という方法があり、教えないことを原則としています。それは知覚を鍛えることによって適切な判断ができるようにするという学習方法です。たとえば強風で時化(しけ)ている海上で、大きな波を事故なく乗り切るための当て舵(あてかじ:次にくる波の方向と高さから予測して舵をあらかじめ切っておく操船技術)は、口で教えることはできず、体験することによってしか学べません。このような技術は教室で教えることはできませんが、職業としては生命にかかわる基礎技術になります。さらに2023年1月のパティシエ国際コンクールで、本場のフランスを抑えて日本が優勝したことが報じられましたが、日本の職人技術で世界に貢献できる分野はまだまだ数多くあると思います。

 このような知識や技術を整理し体系化することによって国際的なBachelorやMasterの資格にまで高めることが今後の高等職業教育の課題でしょう。Bologna Processで求められているのは教育目標と授業時間ではなく、学習成果(Learning outcomes)とその習得に要する学習時間ですが、すでに紹介したようにフランス語のfrantastiqueのプログラムでは個人別でこのデータが提供されていますから、このような評価指標を参考にすることは今後ますます活発になるのでしよう。